当たり障りのない日々。人間。

私は、つくづく当たり障りのなさが個性の無さに繋がる人間だと思う。

私がいない時に遊ぶ人たちが、皆すこぶる楽しそうに見える。羨ましくて次は混ぜてもらう。皆あまり楽しくないのかもと感じる。私だけはしゃいでいる気持ちになる。前と変わらないメンバーで私が入ったことによる落ち度みたいに感じる。

大人しくしたいと毎回思うけれど、どうしても好きが優先されてしまうことってあるのだ。大人しくしていても、なんで大人しいの?と聞かれたりして、気持ちの折り合いが上手につけられない。皮肉だ。

 

 

 

ずっと、いなくても大丈夫な人間だって、気づいてはいたんだけど、それを再認識するたびに、少しだけ寂しくなってしまう。

 

私が今、辞めます。と言っても、皆に引き止められる要素はどこにもないことは知っている。何にしても。

内々定先に、辞めますと言っても、未熟な学生300人中1人を失っても大した損害ではないし、サークルを辞めると言っても、本当に結構マジで、辞めないで、とは誰も言わないと思う。だから辞めるとは言わないけど。でも、たまに試したくなってしまう。

誰にも変えられない歌声なんてないし、技術もないし、人間性も好かれも嫌われもしない当たり障りのない感じだと思っていて(まあ、嫌いな人もいるだろうけど)。誰かと、私がいなかったらこのバンドできないよ!みたいなバンドもやってない。大体私の自己満に皆が巻き込まれてごめんなさい、って言うのが毎度だから。

そう考えると、よく四年感続いたな。辞めたら卒演の金払わないで、卒業旅行の沖縄豪遊できるのか〜とたまに思う。

 

 

人よりは逆境で育ったことが多いとは思う。

小学校の時、クラスで一番ワガママだった女の子に目をつけられて、その子の機嫌で定期的に無視をされたり、仲良くされたりする人間不審の芽生えになったイベント。

 

テストで学年15番をとって、親になんでこんなにバカなの。出来ない子なの。家の落ちこぼれだ。なんて言われて成長してきたし。バスケを始めても誰より上手いわけでも、運動能力が秀でていたわけでもなかったので、応援に来た親がガッカリして帰るのだ毎回。活躍しても、あんなんじゃダメよと言われ続けてきた。

 

弟のバスケの試合を見に行った両親は、あの子は今後が楽しみだと言った。

 

姉は、頭が良くて、ピアノも続けて、スラっとしているので洋服がよく似合った。髪の毛もサラサラだったので、可愛くアレンジしてもらったりしていた。お母さんの思うように育っていて、よく比べられた。姉と母親が理不尽に私に文句を言うのに刃向かうと、ワガママな子だと罵られた。

 

家にいる間ずっとそうだったわけではないけれど、家族にこれだけ自尊心をズタズタにされても、そこそこ普通に生きているのは結構私を褒めてあげたいのだ。

 

高校の同級生に、今も会いたいと思うほど仲の良い子がいない。みんなの恋愛話やら悪口ばかりの会話についていくのがしんどかった。それも、私が抜けても全然当たり障りのないようなグループだった。しょっぱい人間関係だったな。

 

 

 

 

お前じゃなきゃダメだ!と言われたこと、感じたことが本当にない。

 

 

感じてえ〜〜

感度低いだけなのか。