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サークル

 

ギリギリまで大学受験に励んでいた私は、家探しに出遅れていた。信じられないほどボロいアパートか、学生の一人暮らしには贅沢すぎるマンションばかり出てくる某賃貸検索サイト。

ようやく決めた家は4月中旬入居可能で、私は、仙台市中央部の飲屋街脇のホテル暮らしを余儀なくされた。田園風景豊かな自然に囲まれた町(何もないど田舎)で生まれ育った私には過酷だった。たった3日でホームシックを経験するほどだった。

 

知り合いもいない大学でなんとか友人をつくろうと試みるもうまくいかず、オリエーテンションキャンプという地獄イベントを迎えることとなった。運良く、同室の女の子と気が合った。今でも仲良くしている。そして今そこまで仲良くしていない女の子に現在所属しているサークルに誘われたのだった。

 

「音楽かバスケができるサークルに入りたい」と言った私に、運動サークルは危険!軽音サークルの方はいいけど、部の方は実力主義よ!なんて田舎の小娘には分からなかったことも教えてくれた親切な女の子であった。彼女は1年でサークルを辞めた。

 

まあ、大学に行くならサークルに入りたかったし、いい機会だと思って参加したものの、もう仲良しグループ的なものがサークル内で存在していて、先輩と仲良くなっている子もの大勢いた。私は完全に乗り遅れて、あぶれてしまっていた。そんな可哀想な私を見かねて声をかけてくれた子のグループにうまいこと入ってみたものの、何となく成り行きで入ったからバンドとか知らない、と言ったギャルギャルしい子が多かった。正直苦手だと思ってしまったのも事実だ。でも、私がこの組織で生き残るにはすがるしかないのか、と思った。そんなことを考えている自分がすごく性格悪いと思ったし、情けなかった。

サークル最初のバーベキューのようなイベントでも見事にあぶれた。みんながお酒を飲み、お菓子を食べ楽しんでいる中、私は隅で座り、お金だけ払って飲んでいいのかわからないお酒をただ眺めていた。そこでも、私に声をかけてくれたのはさっきも登場した女の子だった。彼女は正直者で、小柄で可愛らしい子だった。そしてその隣にいた女の子も山形県ではみたこともないぐらい可愛かった。その子たちと会話をしていたら何人か先輩方が寄ってきた。あ、ようやくコミュニケーションを取れると思ったが、大きな勘違いをしていた。私には誰も話しかけない。誰も私とは目を合わせていないのだ。みんな私と一緒にいる2人に興味があってやってきたことに気づいた。急に色々な事が恥ずかしくなった。似合ってないショートカットも、何となく芋っぽい服装も、小柄な2人に挟まれた私の大きな身体も、見劣りしすぎる顔面も。何もかもが嫌になった瞬間だった。

私は音楽が好きで、こういう音楽を聴きます、って、田舎高校の1つの教室で述べれば、興味を持ってくれる人がいた。しかし、ここは大都会(笑)仙台。大きな大学で音楽好きが集まった集団。誰がそんなありきたりな話を聞くだろうか。見た目が美しくなければ興味を持ってもらえないし、会話も許されない、なんて思ってしまった。

でもこの環境に屈しちゃダメだ。と悲劇のヒロイン的なことを考えて、最初のサークルライブには出ようと頑張った。一緒に組んでもらった子達のパートや経験的に、ギターボーカルをやることは叶わなかった。弾いたこともないリードギターを一所懸命練習した。バンド練習は、みんなゼロからのスタートだったから、試行錯誤だった。それなりな楽しかった。

本番を無事に終えることはできたが、今度は同級生のレベルの高さに度肝を抜かれた。あの子はどこどこ高校の軽音部の子で、あの人は外バン出身でとか聞いたこともない言葉が耳に入る。音楽好きというアイデンティティーも埋もれ、ギターも、歌も、私は出る幕がないと思った。かっこいい先輩方の演奏も、もう入ってきたときからみんな上手いが当たり前で、こうなってんだろうな、って思ったら、もうやる気がなくなってしまった。更に、話したこともない男性陣に私がギャル呼ばわりされていることを知った。何かちょっとムカついて、大学生になったからかなんか知らんけど、花火しよう、誕生日おめでとう、なんてラインでバカみたいにはしゃいでいる奴ら全員嫌いだ、なんて思っていた。

しかし、なかなか辞めると言えず、ズルズルと過ごしていたら、夏休みを終え、学祭を迎えてしまった。学祭までの期間、何人かの女の子と仲良くなれたが、一緒にバンド組もうなんて声はかかるわけがなく、最初のライブとほぼ同じメンバーで学祭ライブにも出ることになった。そして、その時のスタジオが正直、本当に楽しくなかった。多少経験のある私のアドバイスは誰も聞かず、合わないと不機嫌になる子もいるわ、色々なところに気を遣って気疲れするわで、こんなに楽しくないのは初めてだった。楽しくないままライブに出た。ずっと楽しくなかった。そして、同級生が自分の好きなバンドを上手に演奏する姿を見て、悔しくて、早くやめよう、と思った。

でもそんな私の足止めになったのが、当時の4年生だった。彼らのステージパフォーマンスはああ、私こういう事がやりたくてサークルに入ったんだ、こういう音楽が好きとか、いいとかそんな話がしたかったんだと思った。そして、彼らはすごく優しかった。一個上、二個上の先輩たちは当時私には全く興味がないようなフリだった(と当時の私は思っていたが、今考えれば被害妄想で無愛想でとっつきにくい私に話しかける方が変だ)が、どんな音楽が好きなのか、とか、どういう性格なのかとか、きちんと会話して知ってくれようとしていた。泣くほど嬉しかった。きのこ帝国が本当に好きなんですって話したら、いいよね〜!って言ってくれる先輩は、それだけで大好きになった。まだ希望があると思って、頑張ろうとした。

感じの悪い(と思っていた)練習室に足を運ぶようにした。偏見を頑張って取り除いて色んな人と会話をしようと思った。学祭でお話できた先輩が、私のことを他の先輩方に話してくれたこともあって、何人かの先輩が私に話しかけてくれるようになった。同級生の女の子ともますます仲良くなれた。私をギャルか芋ブスだと思ってたかもしれない人たちは「あの子は急に馴染み始めてどうしたんだ」と思った、みたいな話をチラッとだけ聞いた。

 

そしていつの間にかサークルにいるのが楽しかった。組むバンドも増えた。自分が好きな音楽をできるようになった。演奏会前にスタジオに入るのが楽しかった授業をサボって練習室でアイスを食べることも、ミーティング終わりに飲みに行くことも、深夜にあてもなくドライブすることも楽しかった。

 

そしていつの間にか最上級生になっていた。私は1年生の時の4年生が大好きだった。すごく大人だと思ったし、尊敬できた。今の私はそうではないことだけしっかりとわかっている。

後輩にナメられているのは幸せでもあるから構わない。でも、先輩に可愛がってもらえないことがすごく寂しくなった。先輩が好きで、付いて回っているような奴だったから、こいつはいつも暇だと思われていた。暇だったけど。そしたらスタジオ終わりもミーティング終わりも寂しくなかった。声をかけてもらえたし、私が声をかけても応えてくれた。でもいなくなると、ミーティング終わりに予定がなくて帰るか、無理やり誰かの予定にねじ込んでもらうような迷惑なことばかりしているし、スタジオが終わって楽しく会話してくれる人も少しずつ減って、楽しそうなみんなを背に帰ることも多くなった。そんなことで、って思うけど、今までがそうじゃなかった分、そのギャップが寂しさを助長する。もちろん、慕って貰えるほど器量のある人間ではないし、憧れられるほどの技術も身に付かなったことも知っている。それを考えると、たまに物凄く嫌になることがある。また楽しくない病が発動することがある。同級生間の変な歪みとか、不機嫌を振りまく態度を察知する度に、またか、と思って悲しくなる。でも、それを言及しても性格が悪いみたいな言い方をされてしまって、生きづらいなと思う。もっとハッピーだったのにな、ってしんどくなる。

 

顔面が可愛かったらどうにかなったかな。なんて振り出しに戻ったりしている。

 

最後の1年、こんなんではいけないな、とわかっているよ。

みんなのことしっかり好きだけど、向こうがそうじゃないならズケズケ入ってはいけないし、老害だと思われてんならしっかり身を引くべきだなんて思ってるし。

 

なんか、居場所がないな、って気持ちだ。

サークルばかりでしばらく遊んでいなかった学科の友達を今更ガツガツ遊びに誘えない、というか、ガツガツ遊ぶタイプじゃない子たちだ。私はワイワイするのが好きだけど、そうじゃない人はたくさんいるし、私とは別にワイワイしなくていい人ももちろんいる。

 

ふわっと薄べったく生きれればな、って。

私はあんまり良くないけど、その方が大体幸せか〜とか余計なことまた考える。

 

マジで余計。