思いの丈

 

人の目に当たるところでいうと、何故か知らないけど、あんまりよく思われないのでここで言う。

 

 

明日彼氏に会いにいくのでテンションがぶち上がっている。

月1か2ヶ月に1回会えるぐらいの距離と忙しさなので、本当に本当に毎回待ち遠しくて嬉しくなる。 

でも、毎度私が遊びにいく時は彼氏の財布が寂しくて、特に何もせずにダラダラして終わったりする。それでも構わないぐらい嬉しい。

 

って、思ってたんだけど、毎度毎度、楽しみにしてるの私だけな気がして変に落ち込んでしまう。正直1人になりたいと思ってんじゃないかとか、私と会うより他の友達と会いたいのかも、とか。

はしゃいで、明日だね!とか送ったラインも、返信は来ないし、恥ずかしくなってしまって、気持ちが落ち込む。  

 

 

そんな感じっすよ、私。

 

 

好き勝手言わせてくれればいいのに、それを許してくれない現代社会。

私がそれを言うのが気持ち悪いのかもしれないみんな。きっとそう。

 

 

私は今の彼氏が初めての彼氏で、それまでは誰にも好かれたことはないし、片想いもうまくいくことなんてないし、自己嫌悪甚だしい人間だった。今もそんなもんだけど。

そんな話で気の合う人たちもいた。でもいざ私の気持ちが実れば、裏切り者とか言われて手のひら返されてしまうような気がしていた。

私の大好きな友達はそんなことはなかったけど、一部の友人には「あーはいはいそうですか」みたいな態度を取られて、悔しくて悲しかったのを今でも思い出す。

 

私は逆の立場だったら凄く嬉しかったと思う。

 

恋人がいるからカーストが上みたいな考えはちゃんちゃら可笑しい。

 

 

そりゃあ、人生経験として恋愛をすること、連絡を取り合ったり、デートに行ったり、身体の関係を持ったりとかはあって悪いことはないと思う。 でも、それを人より早く経験したとか、多く経験したとか、反対に遅いと惨めだなんてこと、ないと思う。

そういう風になりたかったのに、なれない焦りと嫌悪みたいなものはあったけど。

でも無理して経験するもんじゃない。

誰でもいいなら私でいいじゃん!って話でうまくいってる、羨ましく思える間柄なんて見たことがない。

 

 

私は昔から諦めが悪いところがあって、今の彼氏の前に好きだった男の子(中学時代)には二回告白して二回振られた。今の彼氏は大学で知り合って、あっちの好意がイマイチ本気かおふざけかが私には分からなくて、でも惹かれてしまって、頭を抱えているうちに、違う人に持っていかれてしまって。でもジワジワ諦められずに押して押して今だ。

 

自己肯定感低いくせに、図太い性格でよかったと、この時ばかりは思った。

 

 

女子なので今日はトリートメントと足マッサージして寝る。

恥ずかしい。

広告を非表示にする

見ないで欲しい

 

 でも、知って欲しい、と言うのはだいぶワガママだ。

ワガママにワガママを重ねて生きている。

 

このブログ、誰にバレてて、誰に見られてるとか、大体検討ついてたりするけど、夜中のバッと溢れた気持ちをおりゃおりゃ書いて、我に返って読み返した時に、これ、誰かに読まれたんだと思うと、恥ずかしくて死にたくなったりする。

でも、ツイッターではすぐ消してなかった事にしてしまうことも、ここには気持ちの悪い黒歴史としてしっかり残してる。本当は半分ぐらい消したい。吐き気がする。

 

 

 

考えとは、一転二転してしまうもので、それは生きていれば何かしら影響を受けてしまうから仕方ないことだ。

あの時と言ってることが違う!っていうのは至極当然な話なのだ。

バカボンのパパみたいな文体になってる。

 

 

私がこんな気持ちの悪いこと連ねてるの知ってるくせに、何となく知らないふりをして、ウザい、キモいと内心嘲笑いつつも仲良くしてくれる人とか、知っているかついじられてるのはあまりいい気はしないけど、まあ何となく恥ずかしさをほぐしてくれるような触れ方をする人とか、いい友達だと思うね。

 

普通だったら無理だね、人間的に。こんな気色悪いこと書いてるデカ女。

 

たまに優しいがすぎる人が、大丈夫?って声をかけてくれるけど、これはそういうためのものじゃなくて。私は基本的にいつでも大丈夫なのだ。ただ思うことや、考えてることはあって、それは人には言えないけれど、自分の中にとどめておくのが苦手だから、「見ないで欲しいけど、知ってくれ」ってそういう意味のもので。難しいけど、私は本当に割といつも大丈夫だ。

 

大体周りの人間、私より高等だし、私より知性的だし、私より優れてる。

そう思うと、まあ、こんなでもいいよね。って思える。

 

 

 

コーヒーがなくなってしまったので、明日の朝は少しテンションが低いと思う。

 

広告を非表示にする

誰にも相手にされない

 

眠れない。

明日は一日中働かなければならないのに眠れない。

ので、今考えていることをツラツラ書いていくコーナーを開催してしまう。

 

 

私含め、私の友人は時たまにメンヘラの子や、少し痛い子のSNSを面白がって見たりする。私もどこかで人を馬鹿にしていたい気持ちがあるって、覗いては嘲笑っている。

でもこれって、人のふり見て我が振りなんとかって話で、私も何も変わらない。

気持ちが落ち込むとツイッターやらインスタグラムやら、ブログやらを更新して気を紛らわすことが沢山ある。

わかる!わかるんだ!お前らメンヘラの気持ちは痛いほど!

私はマジで性格が悪い。

 

 

最近、誰かが悪く言われると、本当にしんどくなる。

これも人のふり見て〜〜の話なんだけど。

敵視しすぎてる、みんな。何をそんなに競っているんだ。 

あいつはもうお腹いっぱいとか、飽きたとか、ダサいとか、そんなチンケな言葉で仲間を蹴落として楽しいのかって思ってしまう。

そんな敵視が当たり前になって、1人、また1人って、そんな空間がしんどくなって、それをメンヘラとか病んでるとかで片付けて、自分たちは高尚な存在みたいに振る舞ってる奴らに苛立ちを感じたりする。

そんでもって、“メンヘラ”になってしまった人も、あの人が無理とか、あれが嫌、これがダメって、もう目先のことしか見えなくなってしまう。

 

誰とも比べなくたっていいし、これはなんの競技でもない。

私たちが自己満で楽しむためのフィールド、ステージで、なんでそこまであれやこれや言っているの?

 

ここ最近の嫌な空気、本当に死ね、と思う。

 

てか、どーでもいいんだよ!!!

マジでどーでもいい!!!!!!

って、思いたいのに、どうしてこんなに頭を抱えなければならないのか。

 

 

自己満のパフォーマンスがお腹いっぱいなら、お前がごちそうさまって去っていけばいいじゃねえか!お腹いっぱいになって当たり前の場所なんだよここは!

誰も誰かとあなたを比べてないし、ちゃんと良さだってわかってるのに、どうしてすぐに嫌いなんていうの。わかるけど、全部ではないけど、気持ちは多少わかってるつもりだけど、私たちの立場も考えてよ。

 

 

大人になれない子どもの集まりみたい。

 

 

どうしてもっと、穏やかにいられないのかな。

イライラするとか、ムカつくとか、そんなの人間誰しも発生する感情だけど、それを外に察せよって態度でデカく構えて、王様気取りで、その後機嫌取りをした奴が優秀みたいな、そんなのもうやめようよ。見ていて悲しくなる。

 

 

好きな人と、好きなことをやることが悪と扱われることも、

平等な立場であるはずなのに、王様気取りの奴らに自由を止められることも

楽しい場所を息苦しくしてくる人たちも、

もう終わりにしよう。

こんなんじゃなかったもの。

 

 

 

わたし、もっと、信頼されてると思ってたのにな。

あの時、純粋に楽しんでくれてると思ってたのにな。

みんな、雲の上の存在みたいに思えて、楽しんでいる姿が素敵で、憧れていたのに。

いつからこうなった?

誰がこうした?

 

 

適度に真面目に不真面目に楽しんで、

なにも考えずにプラプラへらへら遊んで、

あれはダメ、これはダメなんてそんなのなかったあの頃に戻りたい。

 

毎週楽しみでワクワクしていた。

戻らなくていいけど、今がそうなってほしい。

 

 

私と感覚、感性の合う人だけそばに居てくれたらいいし、それ以外の嫌な奴らなんて知らない!勝手にしたら?って思っていれれば良かったけど、そんなの無理だ。

 

気持ち悪いけど、私はみんなが大好きだよ、まじで。

たまに意見の相違にムカついて、子ども染みた態度にイライラもするけれど、

それでも楽しかったこととか、尊敬できるところとか、魅力とか、そんなのもうこの短い間でこれでもかってぐらい感じて、見てきてる。

 

それをぶっ潰して嫌いになるなんて無理な話。

嫌いになれないし、嫌いじゃないからもうやめてって思ってる。

そんなんじゃなかったよって。

だから、みんなでヘラヘラ笑って楽しんで終わりたいのに。

 

 

あいつが悪いのもわかったから、それが嫌なのもわかったから、

そんなのとりあえずまとめて噛み砕いてバカのふりしていようよ。

 

 

 

最後なのに、こんなの嫌だよ。

 

夏休みが終わってしまうことについて

やばい。本当にやばい。

人生最後の長い夏休みが。こんな形で。

 

こんな形とは言ったものの、皆さんのおかげですごく楽しく過ごせました。

ですが、何だか煮え切らない自分もいて、少し困っている。

 

 

 

プールバイトは寒い日が多くて、夏を感じることが出来なかったのが悲しい。私の最後の出勤は思わず愚痴がこぼれてしまうほど寒かったが、4人だけプールに入りにきてくれた。そこにいつも私に生意気言ってくるガキンチョの姿はなくて、別れを告げられなかった。彼らは私の知らないところでこれから大きくなっていくのだ。いつかどこかで会うことがあるかもしれないし。変な気持ち。

 

お盆は彼も帰省して、サークルOB.OGの方と同級生の女の子と山形県蔵王町に遊びに行ってきた。いい歳して草原の坂に設置されたソリから滑り落ちたり、クセのある羊の肉・ジンギスカンを頬張り、釣り堀で釣りなんかした。1年前に戻った気持ちになった。

 

合宿もすごく楽しかった。普段使わない筋肉全部使って笑ったぐらい。みんなで食べるご飯は最高に美味しかったし、クオレから見る湖は相変わらず、すごく綺麗だった。女子部屋で変な話をしたことや、みんなで川の字になって寝たことも素敵な思い出だ。なんでも最後だと思うから泣きそうになってしまう。

 

そして、仲良くしていただいてる先輩方3人と鎌倉へ旅行に行った。寝坊してバスに乗り遅れて、新幹線の当日券を買った。新幹線が激混みで、大宮まで立ち乗りだった。それでも先輩と話しながらだとあっという間だった。

ずっと寒さが続いていた仙台とは違って、関東はしっかりと夏だった。

一個上、二個上で、性別も違うのに、一緒にいていい意味で気を遣わない。そりゃあ勿論線引きはしっかりとしているけど、そういうのじゃなくて。心地いい関係だと思っている。

ちょっとお高いビュッフェ式ビアガーデンでおつまみ選手権をしたり、やっすい串カツ屋さんで飲み直したり、大仏を見た途端元気になったり、いきなり歌い出したり。人が大勢いる駅で、マンガチックな歩き方をするのがあの旅のブームになった。

次は北海道に行きたいなんて話をした。次の話が出来るのは幸せだ。

 

 

毎年恒例で、夏は学科の友人と近所の小さな花火大会に行っている。正直、浴衣を着てもテンション上がらないし、毎回可愛くならなくて落ち込む。

でも、そんなこと忘れるぐらい楽しかった。前日にお泊まりをして、朝5時まで話をした。名作のアニメ映画に鋭い観点からツッコむというのが私たちの得意分野だ。

当日は、花火を見ながら散々ふざけた事ばかり口にした。

社会人になって、みんなで集まるのが難しいと思うと切なくなった。この馬鹿どもは社会に出れるのかと心配になる反面、社会に出ずにずっとこうしていればいいじゃない、なんて思った。

 

他にもチマチマ飲みに行ったり、ご飯に行ったり、カッフェに行ったり、花火をしたり、空いた時にはバイトをして、普通に見れば最高に充実した夏休みだ。

 

 

なのに何でこんなに納得行かないのか。

貪欲過ぎるのか。

 

 

 

実はさっき、私に対する嫌味みたいな投稿を見て、少し落ち込んでいた。

 

でも、夏休み楽しかったと思ったら全部どうでもよくなった。

勝手に言ってろ〜!楽しかった〜!って気持ちだ。

 

 

でも終わりたくないよおおおお!

エンドレスエイト!!!カモン!!!

 

 

当たり障りのない日々。人間。

私は、つくづく当たり障りのなさが個性の無さに繋がる人間だと思う。

私がいない時に遊ぶ人たちが、皆すこぶる楽しそうに見える。羨ましくて次は混ぜてもらう。皆あまり楽しくないのかもと感じる。私だけはしゃいでいる気持ちになる。前と変わらないメンバーで私が入ったことによる落ち度みたいに感じる。

大人しくしたいと毎回思うけれど、どうしても好きが優先されてしまうことってあるのだ。大人しくしていても、なんで大人しいの?と聞かれたりして、気持ちの折り合いが上手につけられない。皮肉だ。

 

 

 

ずっと、いなくても大丈夫な人間だって、気づいてはいたんだけど、それを再認識するたびに、少しだけ寂しくなってしまう。

 

私が今、辞めます。と言っても、皆に引き止められる要素はどこにもないことは知っている。何にしても。

内々定先に、辞めますと言っても、未熟な学生300人中1人を失っても大した損害ではないし、サークルを辞めると言っても、本当に結構マジで、辞めないで、とは誰も言わないと思う。だから辞めるとは言わないけど。でも、たまに試したくなってしまう。

誰にも変えられない歌声なんてないし、技術もないし、人間性も好かれも嫌われもしない当たり障りのない感じだと思っていて(まあ、嫌いな人もいるだろうけど)。誰かと、私がいなかったらこのバンドできないよ!みたいなバンドもやってない。大体私の自己満に皆が巻き込まれてごめんなさい、って言うのが毎度だから。

そう考えると、よく四年感続いたな。辞めたら卒演の金払わないで、卒業旅行の沖縄豪遊できるのか〜とたまに思う。

 

 

人よりは逆境で育ったことが多いとは思う。

小学校の時、クラスで一番ワガママだった女の子に目をつけられて、その子の機嫌で定期的に無視をされたり、仲良くされたりする人間不審の芽生えになったイベント。

 

テストで学年15番をとって、親になんでこんなにバカなの。出来ない子なの。家の落ちこぼれだ。なんて言われて成長してきたし。バスケを始めても誰より上手いわけでも、運動能力が秀でていたわけでもなかったので、応援に来た親がガッカリして帰るのだ毎回。活躍しても、あんなんじゃダメよと言われ続けてきた。

 

弟のバスケの試合を見に行った両親は、あの子は今後が楽しみだと言った。

 

姉は、頭が良くて、ピアノも続けて、スラっとしているので洋服がよく似合った。髪の毛もサラサラだったので、可愛くアレンジしてもらったりしていた。お母さんの思うように育っていて、よく比べられた。姉と母親が理不尽に私に文句を言うのに刃向かうと、ワガママな子だと罵られた。

 

家にいる間ずっとそうだったわけではないけれど、家族にこれだけ自尊心をズタズタにされても、そこそこ普通に生きているのは結構私を褒めてあげたいのだ。

 

高校の同級生に、今も会いたいと思うほど仲の良い子がいない。みんなの恋愛話やら悪口ばかりの会話についていくのがしんどかった。それも、私が抜けても全然当たり障りのないようなグループだった。しょっぱい人間関係だったな。

 

 

 

 

お前じゃなきゃダメだ!と言われたこと、感じたことが本当にない。

 

 

感じてえ〜〜

感度低いだけなのか。

 

 

ひっそり暮らす

マイペース

波風立てずに、自分のペースを乱されず、ひっそり穏やかに暮らしたい。

と、いつも思っている。

でも、乱されるのが必ずしも悪いことじゃない、ということも学んでいる。

 

バイト終わりでクタクタなのに、半ば強引に遊びに連れて行かれるのも悪くない。強引というか、私が行きたくて行っているのだけど。

 

私が“よくない”と思う私らしさは、初対面の人に対する不信感を抱くのが誰よりも早いこと、強いことだ。仲良くなろうと思えばいいのに、どういう人間か探るとこから始めてしまうし、大体、色眼鏡をかけてバリアを張って臨む。だから、仲良くなるのに時間がかかったりする。

今だって、同じことを繰り返している自分に気づいて、またやってるわ、と呆れかえってしまう。直さないといけないことは重々承知だ。

 

クセを直すのは、すごく大変だ。

 

好きなこと

この間、いつもお世話になっている、かつ、尊敬している先輩が組んでいるバンドでライブをすることになったというから見に行った。ステージに立つ前はいつもと変わらない和やかで、親しみやすい態度で接してれた。

いざ、彼らが立つステージを見た時、なんだ泣きそうになった。ドラムの先輩が久しぶりに演奏している姿を見た。もう1人の先輩が大学を卒業した後も、カッコいい曲を作って、変わらず楽しそうにギターを弾いて歌う姿を見た。

 

卒業したら、なんとなく、人生が暗くなってしまうような気がしていた。

きっと仕事は忙しいし、第一印象で好印象を得ることが苦手な私はつまづきまくるし、内定が決まったばかりの、楽しみだな、なんて気持ちは、懇親会以来薄まりつつあった。

 

私が想像する薄暗いはずの社会に出ている彼らは、大学でバカンスしている私より遥かにイキイキして見えた。

経験を積んで、世間の甘い苦いしょっぱいもどんどん味わって、吸収して、ここで好きなことを爆発させている彼らに、少し嫉妬した。烏滸がましい話だけれど。

 

私には何があるかな。

こうやって、爆発できる何かを。

蓄えが欲しい。

たまに、このままじゃ存在諸共消えてしまいそうな気になる。

 

楽しいことは、時間を忘れる

先日、二泊三日の最後のサークルでの合宿が終わった。

例年通り、美味しいご飯を食べて、美味しい空気を吸って、一日中ダラダラして、鱈腹お酒を飲んで、会話して、笑って。この世の天国かと思うような時間だった。

 

最近、すべてのことが、過ぎ去ってしまうのが早い。

合宿はこんなに早く終わるのか、と不思議な気持ちになった。

友達と遊んでいても、飲みに行っても、好きな人に会っても、全ての時間が瞬きする間に終わってしまうような感覚になる。

 

今日は午前中に目が覚めたのに、もうすぐ、17時からのバイトに行かなければいけないなんて信じられない。

 

時間は有限だよ。

ってある先輩がよく言う。いつもは笑って聞いているけれど、本当にその通りだ。

若い私に残された時間はほんの一握りだ。

きっと卒業までも怖いぐらいあっという間なのだ。

 

 

また、違う先輩に、もうすぐジェットコースターは頂上について、あとは下るだけだよ。なんて言われた。

でも、下るのもスリルがあって悪くないって。

つまり、これからを楽しくするなら、今をもっと上らなきゃいけないのだ。

 

 

若い僕たちに目的地なんていらない。そうでしょ。

広告を非表示にする

終演に向けて思うこと

魅せたい気持ち。

大学で同じ学科だったが、大学を辞め、それを機にサークルを辞めた友達と同じバイト先なのだが、彼女はもうすぐバイトも辞めてしまう。辞めるというのは日本人の価値観で考えてるとすごく聞こえが悪いけれど、正しく辞めることはむしろ素晴らしいことだと最近思う。

大学1年生でスタートに乗り遅れた私を持ち前のストレートな性格で救ってくれた彼女と、なんの接点もなくなってしまうような感じがして、何だかとても悲しい。

 

 

 

彼女が家に遊びにきた。朝の4時まで話した。

私の高校時代のライブ映像(笑)をツッコミまくり、笑いながら見た。その後最近の演奏会動画を見せて欲しいと言われ、2人で色んな動画を見漁った。自分で言うのもなんだが、私、これでも上手くなったのだ。

 

私がメンバーに入ったバンドの動画が殆どだが、録画をお願いされていた先輩方のバンドで、卒業演奏会での演奏が1つ入っていた。偉大だった。2人とも目が潤んだ。

 

私たちの学年とこの先輩方の学年の圧倒的な差は楽しむことだと思う。もちろん楽しんではいるけれど、見せつけてやろうといったドヤ顔が目に浮かぶ感情が滲み出ていないのだ。偉大だ。

 

彼女がボソッと「サークルっていうコミュニティはすごいよ」と言った。

辞めた今、ふわふわやってた私もこんなに音楽好きだったかと思うし、人に見せたい、見て欲しい、人前に立ちたいと思うから、めちゃちゃ演奏会に熱が入ってたお前はサークルやめたら本当にやばいと思うけどな。って言われた。

その通りかもしれないと思った。私はここをやめて何を楽しむようになるのかと考えるけど、何も浮かんでこないのだ。

 

 

 思い入れ、とは。

最近、卒業演奏会が迫っていること、私はどういう時間の使い方をしたらいいのかとか、考えたくなくても考えてしまう。きのこ帝国にしっかり時間だしたいけれど、そしたら他のバンドが全然できなくて、そんなこと考えてたら、私がやりたいバンドは私だけやりたいのでは、迷惑になるかな、ただの負担になるよな、なんて卑屈になったりした。先輩方は時間を出し合って時間を作っていたけど、時間を出したいぐらい思い入れのあるバンドになるということって、普通じゃないのかもしれないと感じる。それか私の今までの自己満足をありありと示されてしまった気持ち。そんなこんなで、そんなこんなだったら全部のバンド1.2曲になりそうでちょっと遣る瀬無くなった。総まとめとはしょっぱいな。

 

もっと楽しい思考回路だいたいけれど、結構難しくて嫌になるね